「入院費って、いくらくらいかかるんですか」
夜勤の見回りをしているときに、入院中の患者さんから聞かれたことがあります。私は現役の看護師ですが、この質問にその場で答えることはできませんでした。入院にかかるお金は、病気の内容や入院の長さ、その人の年収によって大きく変わるからです。
そのとき私がまず伝えたのは、高額療養費制度という公的な仕組みのことでした。そしてもうひとつ、どうしても付け足しておきたいことがありました。この記事で書きたいのは、その「もうひとつ」として付け足したほうの話です。
「高額療養費制度があるから保険はいらない」は、半分は当たっています
先に認めます。この話は的を外していませんし、むしろ知らない人が多すぎる仕組みの話です。
高額療養費制度は、日本の公的な医療保険にもともと備わっている仕組みのひとつです。厚生労働省は、この制度のことを次のように説明しています。
つまり、ひと月に窓口で払う医療費には上限があり、治療にいくらかかっても負担はどこかで止まる形になっています。
これは日本の公的医療保険に入っていれば使える仕組みなので、知っているだけでも入院前の不安はかなり小さくなります。
しくみ
上限の金額は、年収の区分によって分かれます。この記事では金額を書きません。あとで書くとおり、見直しが入るためです。最新の金額は上の厚生労働省のページで確認してください。
月をまたぐとどうなるか
厚生労働省の説明には「月ごとの上限額」と書かれています。つまり入院が月をまたぐと、上限の計算も月ごとに分かれる形です。同じ入院でも、月が替わればもう一度その月の上限まで負担が出ます。くわしい計算は、加入している健康保険の窓口で確認してください。
私が患者さんに答えたこと

まず、高額療養費制度という仕組みがあることを伝えました。そのうえで、言わずに帰るのは違う気がして、もうひとつ付け足しました。
「あとで戻ってくるお金はあります。でも、備えがあるならそれに越したことはないです」
なぜそう言ったのか。制度が届く範囲には、はっきりとした線が引かれているからです。その線がどこに引かれているのかを、ここから順を追って説明します。
先に、誤解をひとつ解きます
いま「あとで戻ってくる」と書きましたが、実は今は、窓口で立て替えずに済む方法があります。厚生労働省のページには、こう書かれています。
マイナ保険証を使うか、事前に認定証をもらっておくかのどちらかです。窓口でいったん全額を払って、あとから申請して返してもらうという流れは、これで避けられます。
窓口でどうなるか
用意できているとき
マイナ保険証、または限度額適用認定証
窓口の支払いは上限までで済みます。立て替えは起きません。
用意できていないとき
どちらもない状態
窓口でいったん払い、あとで申請して返してもらう形になります。
「立て替えが必要だから保険が必要」と書いてある記事は、情報が古い可能性があります。
ただ、急に入院が決まったときには、そこまで手が回らないこともあります。だから入院が決まる前にやっておきたいのは、マイナ保険証を使えるようにしておくことです。手続きにお金はかかりませんし、一度やれば次からも使えます。
上限が効くのは「保険がきく医療費」だけです
ここが本題です。
高額療養費制度の上限は、入院にかかるお金のすべてにかかるわけではありません。全国健康保険協会(協会けんぽ)は、対象にならないものをこう書いています。
かみくだくと、入院中の食事代などは別枠だということです。
さらに、そもそも医療費ではない出費もあって、こちらは当然ながら制度の外に置かれています。
上限が届く範囲
上限あり
保険がきく医療費
- 手術、検査、処置
- 薬、点滴
- 入院の基本料
いくらかかっても、負担は上限で止まります。
上限なし
制度の外にあるお金
- 個室などの差額ベッド代
- 入院中の食事代
- 家族が通う交通費、駐車場代
- 洗濯代、日用品
- 働けない間、止まる収入
ここは、かかった分がそのままかかります。
この5つのうち、最後のひとつがいちばん大きいと私は思っています。
治療費には上限があります。でも、収入が止まることには上限がありません。
共働きの家庭で、どちらかが数か月働けなくなったら家計はどうなるか。子供がいて教育費や家賃の支払いがあるなら、ここは一度数えておく価値があります。
制度は2026年8月に変わりました。2027年8月にもまた変わります
ここでもうひとつ、知っておいてほしいことがあります。
厚生労働省のページには、令和8年8月(2026年8月)からの見直しが書かれています。さらに令和9年8月(2027年8月)からの見直しも予定されていて、あわせて年単位の上限が新しく設けられました。
これは「制度が悪くなった」という単純な話ではなく、見直しによって負担が軽くなる人もいます。
お伝えしたいのは、別のことです。今の制度を前提にして、この先何十年分かの判断をするのは、そもそも難しいということです。
看護師として、見ていて思うこと

病院で働いていて感じるのは、制度を知らないまま不安だけをふくらませている人が多いことです。お金の心配をしながら治療の説明を聞いている場面は、現場ではめずらしくありません。
一方で、制度の説明を聞いたとたんに表情がゆるむ人もいます。だから私は、保険を考える前にまず制度を知ることをすすめています。
これは私が現場で感じていることで、調査の結果ではありません。
では、どうするか
順番があります。上から順に、お金をかけずに今日からできることを並べました。
- 高額療養費制度を知るこれだけで不安は小さくなります。費用はかかりません
- マイナ保険証を使えるようにしておく窓口で立て替えずに済みます。入院が決まる前にやっておくことです
- 制度の外にある出費を、自分の家計で数える差額ベッド代、交通費、そして止まる収入。ここが本当の備えの話です
- 自分で数えきれなければ、人に聞く無料で相談できる窓口もあります。私が実際にどうしたかは、下の記事に書きました
その「数えてみる」を、私もやりました
ここから先は、わが家で実際にやってみたことの話になります。子どもが生まれたとき、私が最初に見直したのは子どもの保険ではなく、自分と妻の保険のほうでした。
何をどう考えて、どこで行き詰まったのかは、別の記事にくわしく書きました。この記事で挙げた「制度の外にある出費」を、自分の家計で数えるところから始めた記録です。
よくある質問
高額療養費制度は、申請しないと受けられないのですか
マイナ保険証または限度額適用認定証を窓口で使えば、その場の支払いが上限までになります。使わずに払った分の払い戻しについては、手続きの流れが加入先によって異なります。ご自身が入っている健康保険の窓口で確認してください(勤務先の健康保険組合、協会けんぽ、市区町村の国民健康保険など)。
月をまたいで入院したら、どうなりますか
厚生労働省の説明には「月ごとの上限額」と書かれています。つまり月が替わると、上限の計算もそこで新しくなる形です。くわしい計算は、加入している健康保険の窓口で確認してください。
子供の医療費はどうなりますか
子どもの医療費には、住んでいる自治体の助成制度があります。ただし、その内容は自治体ごとに違いますので、実際にいくらかかるのかは、お住まいの市区町村の窓口やホームページで確認してください。
まとめ
- 高額療養費制度には上限があります。「保険はいらない」という話は、半分は当たっています
- マイナ保険証か認定証があれば、窓口で立て替えずに済みます
- ただし上限が効くのは、保険がきく医療費だけです
- 差額ベッド代、交通費、そして止まる収入は制度の外です
- 制度は2026年8月に変わり、2027年8月にもまた変わります
私は「保険に入るべきです」とは書きません。家庭ごとに事情が違いますし、私は看護師であって、お金の専門家ではないからです。
それでも、あの患者さんに伝えたことは今も変わっていません。知ってから決める。その順番を守るだけで、受け止め方はずいぶん違ってくると思っています。
出典:厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」(更新日2026年7月31日)/全国健康保険協会「高額療養費」 いずれも2026年10月7日に確認しました。